霊的危機とは何か?

秦霊性心理研究所

所長 はたの びゃっこ 


 トランスパーソナル心理学では、いわゆる超常体験や神秘体験、宗教的体験などの非日常的な意識体験が研究の対象の1つになっている。これは霊性発現の指標として了解されることになる。霊性発現(spiritual emergence)とは、強化された情緒的および心身の健康、個人的な選択のより大きな自由、他者、自然そして宇宙(cosmos)とのより深い結合感などを含むより拡張された存在様式に個人が移行していくこと、と定義できる。

  一般に、霊性発現があまりにも頻繁かつまた急激に劇的に起こると、日常生活を送ることが困難になり、意識の変容プロセスそのものが霊的危機(spiritual emergency)となる。霊的危機はいわば急性の霊性発現なのである。

霊的危機の体験要素には以下のようなものが含まれる。

①統一意識のエピソード(至高体験)・・・個人の境界が解体し、他者や自然、全体としての宇宙、神と一つになる感覚によって特徴づけられる神秘体験。統一感、強い感動、時間と空間の超越、神々しさの感覚(ヌミノース的性質)などが特徴である。

クンダリニーの覚醒・・・ヒンドゥー教の伝統において,脊椎の基部に休眠しているといわれる強力なエネルギーの上昇感覚。このエネルギーは蛇のように起きあがり、脊椎を昇るように流れ、頭部に達し、その途中でエネルギー・センター(チャクラ)を覚醒させ、最終的に霊的発達へと到達する。

③臨死体験・・・死のプロセスにおいて人々が遭遇しうる、魂のトランスパーソナルな領域への非尋常で内的な体験。意識が肉体から離脱し、自由に移動する。暗いトンネルを通過し、想像を絶するまばゆさと輝きに満ちた光の世界へと移行する。光の存在という形態のトランスパーソナルな情報源との遭遇によって、大きな人格変容が生じる。

④過去生記憶の想起・・・インドの再生とカルマの法則の概念によれば、われわれの存在は1つの生涯に限定されず、生まれ変わりの繰り返しから成り立っている。過去生記憶、カルマの体験、および輪廻の思想は、ヒンドゥ教、仏教、ジャイナ教、シク教、チベット密教などの東洋思想はもちろんのこと、古代エジプト、アメリカ先住民、パルセー教徒、古代ギリシャのオルフェウス教、さらには原始キリスト教など古代の文化にもあった。非尋常な意識状態を研究している現代の心理療法家や意識研究者も過去生記憶の治療的、心理変容効果の可能性に着目している。

⑤中心への回帰を通じての心理的再生・・・ユング派の分析家であるジョン・ペリーの心理療法を通じて再生過程と名づけられたこの心理的変容の危機では、人々は心の中で善と悪、光と闇の相対立する力が激突するイメージに圧倒される経験を味わう。死と再生を象徴するファンタジックな体験が次々に生じ、最後にはユングの心理学で「自己性」(Self)を表すシンボルの視覚化が生じ、病や悪から解放される。自己性は魂のもっとも深く部分にある本当の自分、内なる神を表すトランスパーソナルな中心であり、それは超自然的な美しさを伴う光、貴重な石、燦然と輝く宝石、真珠などの形で現れる。

⑥シャーマンの危機・・・この種の危機は多くの土着民のヒーラーや霊的な指導者に訪れる「巫病」、「シャーマンの病」として知られているものである。この意識の変容状態を経験することでシャーマンとしてのキャリアが始まる。
 巫病は、シャーマンになる過程(成巫過程)において罹患する心身の異常状態である。巫病は、ある能力を得る過程の通過儀礼として心身の重病にかかり、その能力への気づきが促される。思春期に発症することが多く、具体的には発熱、幻聴や神様の出てくる夢、重度になると昏睡や失踪、精神異常、異常行動などが症状として現れる。巫病は、精神医学の診断、最近の操作的診断の埒外にあると言われている。この儀礼をしない限り、巫病は治らず、死に至る者もいると言われている。この巫病期間は個人差があり、長いものは 20 年あまりから、短いものは2、3年ということもある。

⑦超感覚的知覚の覚醒(サイキック・オープニング)・・・いかなるタイプのトランスパーソナル体験も、通常の方法では獲得できない情報、超常的な情報源から入ってきたように思われる驚愕すべき情報を提供することがある。サイキックな心のチャネルが開いた人は、遠隔視(remote viewing)、予知、テレパシー、体外離脱などのサイキックな現象を報告するようになる。しかしながら、非尋常な情報源から情報が流入してくることで圧倒的され、混乱をきたすため、危機となりうる。

⑧霊的ガイドとの交信、チャネリング・・・トランスパーソナルな体験の中で、教師、ガイド、守護者あるいは単に便利な情報源の立場をとる存在と出会うことがある。それは人間とはかけ離れた姿、超人的な存在、高次の意識や非常な英知をもった神として知覚される。それはときには人の姿になることもあるし、まばゆい光になって現れることもある。彼らのメッセージは直接思考が伝わる形や、超感覚的な手段で受け取ることもある。言葉となって聞こえるときもある。チャネリングはこうした別の存在との交信が生じる1つの形態である。ガイドからのメッセージは本人も知らなかったような事柄に関する正確な情報を提供することもある。

⑨UFOとの接近遭遇体験・・・UFOに関する議論はともすればそれが地球外生命体や宇宙船が地球に訪問しているのかどうかに集中するきらいがあるが、その種の遭遇体験は心理的、霊的な次元の問題もはらんでいる。ユングは空飛ぶ円盤に関する伝説の歴史的な分析や集団ヒステリーの実例分析に基づいて、この現象を地球外の宇宙船というよりも、集合的無意識に起源を持つ元型的なビジョンであると結論づけた。また、他の研究者はこの種の体験がこの世のものとは思えない光を見るという点において、トランスパーソナルな意識状態、神秘体験と類似していることを指摘している。

⑩憑依現象・・・この種の心理-霊的な危機は個性を持った異種の存在やエネルギーによって自分の魂と身体が侵入を受け、支配される薄気味の悪い感覚が特徴である。憑依状態を経験した人はこの存在を悪意、敵意をもった、憂慮すべきものとしてとらえる。それは「エゴ・エイリアン」であり、自分の人格の外側からやってきた、自分には属さないものである。それに憑依されたとき、悪魔のような存在、呪いや黒魔術を使う邪悪な人間になったかのように振る舞う。犯罪行動、自殺、攻撃性の増大、逸脱した性衝動、アルコールや薬物の大量消費などの行動変容に続いて、ひどいけいれんや目つき顔つきの変化、手足の湾曲、声色が別人のように変化する。また、腕を振り回したり、叫び声をあげたり、おう吐、窒息、一時的に前後不覚に陥る。

ここにあげたような状態のきっかけになりうる生活上の出来事や状況には大きく分けて6つのパターンがある。

①身体的要因・・・疾病、事故、手術、極度の肉体疲労、長引いた睡眠の欠如。 肉体的、生物学的危機を伴う突発性の霊性発現の典型的な例は、深遠な超越的体験を含む臨死体験の事例に見いだすことができる。

②分娩・出産・・・女性の場合、子供を産むときにかかる肉体的、情緒的なストレスの組み合わせが意識変容の危機になることがある。出産は生命が脅かされている状況であり、すべての誕生の中に死の要素もある「死と再生の通過儀礼」である。場合によっては流産や妊娠中絶も同じ役割を果たす。

③性愛的活動・・・心理-霊的な移行は強烈で情緒を圧倒するような求愛の間に生じる可能性もある。力強い情緒的な結びつきに裏打ちされた性的な一体感はトランスパーソナル次元上のものでもあり、深遠な神秘体験にも通じる部分もある。タントラ・ヨーガなどの霊的伝統もこの系列に含めることができる。

④深刻な喪失体験・・・失恋、離婚、身近な者との死別。よりまれには、財政的な破綻、一連の失敗経験、失業も霊的危機のきっかけになることがある。

⑤薬物、心理療法・・・意識変容を喚起する薬物の摂取や濃密な心理療法を受けることで生じる。麻薬、治療や医学的処方として投与された薬物,催眠療法などがきっかけで霊性が現れることもある。

⑥さまざまな霊的実践(修行)への深い関与・・・多くの霊的実践は求道者を外界からの影響から隔離し、内界へ向かわせることによって神秘体験を促進するためにデザインされている。

 アメリカでは日本以上にセラピーやカウンセリングが盛んである。また、ニューエイジ系(日本で言うスピリチュアル系)のセミナーやワークショップも霊性開発を謳い文句にしている。医療費が馬鹿にならないくらい高く、通常の西洋医学に基づく医療に比べて代替医療の値段が3分の1から30分の1と格安になっているため、42%のアメリカ人がこうした代替医療の利用者になっている。

こうした状況を受けて、アメリカの国立衛生保健所(NIH)が調査機関を設立し、1999年から国立相補・代替医療研究センター(NCCAM)となって大学と官学共同研究を行い、伝統医学(中国医学、アーユルベーダ医学、ユナニ医学、シャーマニズムなど)、用手療法(カイロプラクティック、オステオパシー、レフレクソロジー、気功、レイキ、手かざしなど)、ハーブ療法、心身相関・介入(プラシーボ効果、瞑想、イメージ、催眠、バイオフィードバック、ヨーガ、ダンス、音楽、芸術、ユーモア、エナジーヒーリング、霊的・祈祷療法など)の代替医療の効果について研究を行い、実証データを得るようになっている。

 このように、西洋医学以外の医療が活発になっているということは、それだけ霊性に深く関与するセラピーも増えていることを示しており、霊的危機の増加と軌を一にしていると見ることもできるだろう。

1つには従来の西洋医学では精神病や精神疾患として切り捨てられてきた症候群が霊的危機という新しいカテゴリーに分類されて増加しているという可能性。もう1つは瞑想、ヨーガなどの伝統的精神修養法やイメージ・催眠療法に興味を抱き、それに参加する人々が霊的な刺激を受けて霊的危機になってしまう可能性である。

従来の精神医学では霊的危機も精神病様の病的な状態と見なす傾向があったが、最近ではこれを単なる病気と区別する基準の策定も試みられている。

それによれば、①身体的疾患の有無、②脳の器質的障害の有無、③体験プロセスがトランスパーソナルな内容に関連しているという自覚の有無、④内的体験と認知された外界を本人がある程度区別できるかどうか、などがあげられる。

これに加えて、過度の投影(自分の願望や衝動を他者や外界にあるものとして責任転嫁する自我防衛メカニズムの一種)や関係妄想(他者の態度や言動が自分のことを言っていると確信する妄想)、被害妄想(他者が自分に危害を加えようとしていると確信する妄想)の有無も精神病的な体験と霊的危機を区別する基準となりうる。


まず区別しなければならないのは、ある個人が精神病的状態にあるのかどうかを決定することである。精神病的条件の現れ方は、夢の体験、幻覚誘発的薬物、霊的覚醒、臨死体験、シャーマン体験などの特徴の多くと重複している。ここで体験そのものはある個人が精神病かどうかを決める条件とはならない。問題はむしろその主張の仕方にある。

精神病者は自分の主張の空想的な本質について自覚しておらず、誇張的な陳述をもって体験を粉飾するように思われる。そのような人は途切れ途切れに単調で機械的な声の調子で体験を語る。

これに対し、非精神病的な人は自分の体験の非尋常で信じられない性質についてはっきりと認める。

さらに重要なことは精神病者が他者との間に「共同主観的リアリティ」を共有することが困難であることである。つまり、相互作用に参加している人々それぞれが体験し、認識している世界を共有し、われわれは一つの共通した世界の中で生きているのだという実感を精神病者の場合は確立できない。精神病者の体験は了解不能性をもっているのである。

また、その人が日常的な常識レベルの意識や行動の機能を操作する能力を持っているかどうかも識別において必要なことである。日常的で常識的な課題を処理するに当たって、広範囲にわたる機能不全が見られるとき、心理社会的な環境の中で他者と共同主観的リアリティを確立できず、孤立した生活を送るとき、そのような人物には精神病的特徴が見られる。

このような基準はいまだに確立されたものにはなってはいない。経験的な知見の範囲を出ていないのが実情である。たとえば、一人の人間の中に全く別の性別、性格、記憶などをもつ複数の人格が現れる状態が続いた場合、これは病的な状態なのであろうか。


解離性同一性障害(解離性同一症)は、かつて多重人格障害と呼ばれていた精神障害である。子ども時代に児童虐待などの激しい苦痛や体験による心的外傷(トラウマ)などによって、一人の人間の中に全く別の人格(自我同一性)が複数存在するようになる状態である。


シャーマンの危機や憑依現象も精神医学の立場から見れば解離性同一性障害と見なされるかもしれない。

しかし、霊的危機の事例には、過去に精神病の既往歴がない、友人との社会的ネットワーク、親密な対人関係の維持、職業や学校での成功体験があるといった者が少なくない。


また、精神病的エピソードに先立って生活上の大きな変化のようなストレスにみちた事象があるケース。たとえば、家族の死、離婚、失業、財政上の問題、入学や就職など。青年期から成人期への移行のとき、自分らしさ(アイデンティティ)の危機を生じさせるような人生の大きな節目も考慮に入れるべきではないか。

そして、体験に対する肯定的な態度、すなわち自らの体験を意味のあるもの、啓示的で成長的なものと見なしているかどうか。これは、その後の生活における体験の統合を促進する結果をもたらす。

このような点を考慮に入れ、精神病や神経症と霊的危機とを区別する努力が求められているのではないだろうか。


参考文献

Grof,S., & Grof,C.(Eds) 1989 Spiritual emergency: The personal transformation becomes a crisis. New York : Jeremy P. Tarcher /Putnam.

Grof,C., & Grof,S. 1990 The stormy search for the self: A guide to personal growth through transformational crisis. New York : Jeremy P. Tarcher/Putnam. 

Lukoff, D. 1985 The diagnosis of mystical experiences with psychotic features. Journal of Transpersonal Psychology, 17(2), 155–181.


参考情報源

統合医療における世界の動向

秦霊性心理研究所

当研究所は、霊性概念に関する東洋の叡知と西洋の心理学的アプローチを統合し、私たちの心の安寧と魂の成長に寄与する実践的方法を探求しています。意識 霊性 呪術 シャーマニズムに関する評論、および加持祈祷を通じた実践活動を展開しています。